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言語を短期習得していく人が持っておきたい大前提とは・・・

こんにちは!!

今日は外国語で会話をするということについて!!!

 

個人的な意見だけども、そもそも人と話すのが好きな人なら

文法を気にしすぎることもなく

相手との会話そのものを楽しめる気がする。

 

僕はアメリカにいた頃、

 

英語が出来る自分=価値がある

 

という思い込みを抱えていたから外国人と話すときはいつも緊張しっぱなしだった。

ネイティブと話すときなんか、まるで

甲子園決勝9回裏1対0で二死満塁で打席に立つバッター

と同じくらい緊張してた。

(注:甲子園に出場したことはない。)

 

一語一語発するごとに

 

「今の文章ミスってないかな」

 

「今の文章ナチュラルに聞こえるかな」

 

「やべえ、答えられないと俺ダメだ。」

 

「甲子園決勝9回裏で打席に立つ高校球児より俺のほうが緊張してる…

(注:甲子園に出場したことはない。)」

 

 

なんて思ってたから、相手との会話を楽しむ以前に、

自分の価値や優位性を証明することに必死になってた。

 

そんなだから相手にも自分の緊張が伝わって

お互い物凄く緊張した状態で話をしてた。

相手との会話が終わってまず自分に訪れるのは

相手と知り合えてよかった、話せてよかった

かいった感情ではなく、安心感と疲労感だった。

 

「ふう。やっと終わった。次までにもっと勉強しとかないと…。」

 

「さすがに甲子園決勝9回裏で打席に立つ高校生もさっきまでの俺ほど緊張しては

なかっただろうな。

(注:甲子園に出場したことはない。)」

 

 

でも、こんな状態で継続して勉強が続けられるわけもなく、ましてや

英語を話す人との会話そのものを楽しめるわけもなく…。

 

だんだんと自分を責めて、毎日の勉強量も少なくなっていった。

 

けどある日、アメリカで出来た親友が彼女と別れたことを教えてくれた。

彼はとても優しくて周りの人を安心させる空気感を漂わせていた。

 

そんな彼からの突然過ぎる報告。

彼の彼女さんの方とも友達だったので、ショックはさらに大きかった。

 

授業の後、彼と話をしたんだけど、その時に自分の中の

英語を話すことに対するメンタルブロックが外れた。

 

「話さなきゃ」といった恐れからの気持ちからではなく、

心底彼を励ましたい、という気持ちから言葉を発した。

 

するとあら不思議、これまであれほど

 

「英語は話せない自分はダメだ。」

 

「英語を完璧に話せないとばかにされる」

 

と思っていたのに、その時始めて言葉を超越して彼と分かりあえた。

ミスだらけだったけど、

それでもいい、それよりも気持ちを伝えたい

って思えたから会話そのものを楽しめた。

 

いや、相手と過ごす時間そのものを楽しめた。

 

それからは、

 

「自分の価値を証明するために英語を勉強するんだ」

 

ではなくて、

 

「気持ちを伝えたいから英語を勉強する」

 

って考えるようになっていった。

 

新しい単語が出てきても

 

「この単語を使えばより正確に気持ちを伝えられる」

 

といった気持ちでその単語に向き合えるようになった。

 

そして甲子園9回裏の高校球児のようなプレッシャーからも自然と開放された。

(注:甲子園に出場したことは、ない。)

 

 

 

長くなったけどまとめると、

 

外国語で上手く話せない、といった悩みを抱えている人は多いと思う。

そして多くの人はそれを勉強不足や文法力の不足が原因であると考える。

 

でも、もしかしたら根底にある「外国語で話をするのが怖い」

といった気持ちが原因なのかもしれない。

 

伝えたい

 

この気持ちを大切にすることって「ことば」を学ぶうえですごく大切なんじゃなかろうか。